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2007/02/05

ミシン刺繍と私・その2

数年後出産を機に退職し、我が子の服も作り始めた頃、家庭用の刺繍ミシンを知る機会が。きっかけはNIFTY-Serveの手芸フォーラム(インターネットは今ほど普及して無かった)
仕事をやめたので煩雑に「会議室」を覗くようになって、刺繍ミシンを使ってるという人の書き込みを見て、家庭用の刺繍ミシンってどんなもん?、と。
見に行ったのがユザワヤ等のお店だったか、ホビーショー等のイベントだったかは記憶が薄いのだけど衝撃を受けたのは事実。家庭用、つまり個人で使えるミシンでこんな刺繍ができるようになってたなんて(!)速攻でミシン屋さんに走ったのはいうまでもありません(苦笑)夏の、暑い日でした、まだろくに歩けなかった娘をベビーカーに乗せて。
それが96年のこと。
まずは子どもの服に刺繍を入れよう、だったけど私は、独身の頃やりたかった、自分の服に自作の「ミシン刺繍」をということも視野に入れていたのでスキャナ式刺しゅうデータ作成器「刺しゅう工房」も一緒に買いました。(その頃はまだ、刺しゅうプロは無かった)もっとも、「刺しゅう工房」ってこんなに使いこなすのが大変なものだったなんて!!とちょっとだけ(!)後悔することになるんですけどね(苦笑)

東京ミシンショー、つまりアパレル産業機器展に行き始めたのもこの頃。
現役パタンナーだった頃は一度も行かなくて、辞めてから行き始めるというのもナンだけどとても余裕なかったんだよね、現役の頃は(^^;)初めて行ったときはまだ浅草でやってた。。。すぐビッグサイトに移ったけど。
業務用の刺しゅうミシンにはその頃、もうとっくにパソコンで刺しゅうデータを作れるソフトができてたし、コンピュータ制御でもありました。
NHKスペシャル「電子立国」シリーズに取り上げられていたのも、この頃だったと思います。でもやっぱり私自身は心のどこかで、個人ユースのソフトは無理だろう、と思ってたかも。
まだ学生だった20年近く前、初めて東レのアパレルCADを見て感動したけど、個人でCADなんて無理無理と、ニフティ繋がりのSEorプログラマ連中(含む現夫)に笑い飛ばされた記憶がまだ鮮明だったから(苦笑)
けど、インターネットの普及と、手芸フォーラムで親しくなった方が一人、ご主人の仕事の関係でしばらくアメリカに滞在することになって彼女がもたらしてくれた情報が、私たちを揺さぶりました。

そう、欧米では家庭用ミシンに対応した刺しゅうデータ作成ソフトが既に発売されていたんですねー。それも、外国の、あまりなじみのないミシンメーカーなんかじゃなくって、なんと天下のブラザー(苦笑)
えーずるぅい、などと女子高生みたいなことは言いませんけど(爆)いいなぁと眺めていたのは事実。そんな声が名古屋まで届いたかどうかはわからないけど、ほどなくして日本で「刺しゅうプロ」が発売になりました。えーと、それは97年だったかな、それとも98年?すみません記憶がはっきりしないです(^◇^;)
発売を待ちかねて飛びつくように買ってあーでもないこーでもないといじり始め。。。

各メディアに紹介されたのは99年になろうとする頃。「日経WinPC」に記事を書いたのは99年5月号、「パソコン主婦の友」から取材を受けて紹介・掲載されたのは99年秋号、そしてNHK「おはよう日本」で取り上げられたのは明けて00年のやはり2月でしたね。
日経WinPCは、手芸フォーラム経由で話が来たのですが初めは、「刺しゅうプロ」というソフトを使ってみた体験ページを1ページで作りたい、ということだったンですよね。私は実は既に刺しゅうプロユーザーであること、数も少なく拙いものばかりだけど自分のHPで紹介していること、全国の刺しゅうプロユーザーとインターネットを使って情報交換などしていることを伝えたら、いきなり4ページのソフト紹介記事を書くことになってしまったという(苦笑)

あれから5年、いえ7年?早いものです。。。。

また続く(^^;)

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